町並みの今昔 旅館編

山田駅前(現在の伊勢市駅前)航空写真② 伊勢朝報社 藤屋 魚清館 中村屋旅館

前回、山田駅前(現在の伊勢市駅前)航空写真①では油屋支店、宇仁館支店がどの辺りにあったのか探ってみましたが、今回は山田駅前の左側は高千穂館から商品陳列所、稲葉商店辺りまで、右側は松島館から魚清館辺りまでの位置関係を探ってみます。

前回ご紹介した大正7年(1918年)4月から大正8年ころに撮影、発行された絵はがき「空中ヨリ見タル宇治山田市」の山田駅前付近を拡大した画像です。この画像を元に探っていきます。

山田駅前(現在の伊勢市駅前)の変遷①でもご紹介した明治44年(1911年)6月に東陽堂から発行された「風俗画報第421号」に掲載されている「山田御着前驛前奉迎の光景」の画像です。皇后陛下が伊勢行啓(ぎょうけい)された明治44年5月19日の撮影になります。

外宮側から山田駅方面を撮影した画像になり、右側の2階建ての建物に「旅館中村屋」の看板が掲げられています。反対側に伊勢朝報社の洋風建築の建物があり、その奥が松島館になります。

「山田御着前駅前奉迎の光景」と同じ時期に撮影されたMATSUMOTOから発行された絵はがき「(伊勢)山田驛前ノ本町」の画像です。山田駅側から撮影した画像になります。

「(伊勢)山田駅前ノ本町」の中心付近を拡大した画像です。高千穂館と中村屋旅館の間に小さめの建物が見え、中村屋旅館から1軒くらいおいて3階建ての建物が見え、さらにその奥にうっすらと妻が道路側にある大きな建物があります。

MATSUMOTOから発行された絵はがき「(伊勢)山田驛前ノ本町」の画像です。奉祝門が設置されており第57回式年遷宮の行われた明治42年(1909年)の撮影と推測されます。

「山田御着前駅前奉迎の光景」より少し外宮寄りから撮影した画像になり、伊勢朝報社の手前には外宮参道に対して少し斜めに建っている藤屋があります。さらにその手前が屋号不明の建物になり、後に3階建ての大宮館(おおみやかん)、さらに宇仁館別館・橘屋(たちばなや)となる旅館が建つ場所になります。

中村屋旅館の2軒手前には3階建ての建物があり「仁丹」の看板がありますが、屋号は判りません。後に三重県立商品陳列所が建つ場所になります。

三重県立商品陳列所跡でもご紹介した伊勢土産物組合が大正中期ころに発行した伊勢名所絵葉書のうち「伊勢山田驛前」の画像です。「(伊勢)山田驛前ノ本町」の画像よりさらに外宮寄りから山田駅方面を撮影した画像になります。

左側一番手前とその次の建物が魚清館で後に伊勢屋、さらに屋号が変わり宇仁館別館・菊屋(きくや)となる旅館が建つ場所になります。大正12年(1923年)に東京交通社から発行された「大日本職業明細図 宇治山田市 鳥羽町 二見町 松阪町」によりますと魚清館は外宮参道に沿ってかなり縦長に描かれていますので、2階建ての建物2棟が魚清館だったと思われます。

右側一番手前が稲葉商店になり、次に「名物うどん、すし」の看板がある建物とその前に「うどん」と書かれた幟が見える建物があります。その次か次辺りにあったと思われる「仁丹」の看板を掲げた3階建ての建物が無くなっています。3階建ての建物は火事にでもなって焼失してしまったのでしょうか?さらにその奥に見えるのが3階建てになった中村屋旅館になります。

2020年5月に撮影した稲葉商店跡付近から伊勢市駅方面の画像です。

参急電鉄、伊勢電鉄の時刻表が掲載されたチラシ「汽車、電車、時刻表」の画像です。伊勢電鉄の大神宮前駅開業は昭和5年(1930年)12月になり、昭和11年(1936年)9月に伊勢電鉄は参急電鉄に買収されていますので、この間に発行されたチラシになります。

チラシの裏面は参宮しるべと土産物商店案内図になります。

山田駅に近いところを拡大した画像です。高千穂館と商陳(商品陳列所)の間には野島商店、河合商店、柴田商店が記載されています。

多少の年代のズレ等はありますが、これらの情報を元に「空中ヨリ見タル宇治山田市」の拡大図に旅館、土産物屋の屋号を書き入れてみました。筆者所有の資料から判るのはこれが限界になり、また判り次第追記したいと思います。

尚、大宮館、伊勢屋の記述に関しましては、秋田耕司氏発行の宇仁館物語を参考にさせていただきました。

出典:大正12年 東京交通社発行 大日本職業明細図 宇治山田市 鳥羽町 二見町 松阪町、平成30年 秋田耕司著・発行 宇仁館物語、wikipedia

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