町並みの今昔 旅館編

小川旅館跡 山田駅(現・伊勢市駅)東隣 小川辨當店 小川食堂

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2020年4月に撮影した伊勢市駅前から東側を撮影した画像です。新型コロナウイルスの影響で全く人が居ないころですね。

以前に山田停車場 山田駅(現在の伊勢市駅)② でご紹介した昭和初期に発行された絵はがき「伊勢名所 山田駅前」の画像です。最初の画像とほぼ同じ角度になります。

現在、屋上に大きな「魚民」の看板があるビルの辺りを拡大した画像です。屋根に「ユニオンビール」の立体文字看板がある建物が小川旅館になります。

昭和5年(1930年)6月に敬神教育会から発行された「伊勢参宮」に掲載されている小川旅館の広告の画像です。「伊勢名所 山田駅前」の画像と比べますと「ユニオンビール」の看板が立体文字看板から縦長の大きな看板に変わっております。この頃の小川旅館は1階で食堂と土産物店を経営し、山田駅構内で駅弁を売っていたようです。

明治40年(1907年)5月に参宮鉄道株式会社運輸係から発行された「参宮案内」に掲載されている広告の画像です。画像の左側に「山田停車場待合所内 小川出張店 本店山田外宮前」とあり、本店は外宮前にあったようです。

明治44年(1911年)、大正3年(1914年)に発行された「宇治山田商工人名録」には宇治山田市一志久保町(現在の一志町・NTTの辺り)の欄に「饂飩・鮓・辨當(うどん・すし・べんとう)末吉屋 小川長之助」と記載されています。

山田停車場 山田駅(現在の伊勢市駅)② でご紹介した大正10年1月3日のスタンプ印のある絵はがき「伊勢山田停車場前」の画像です。この画像では右奥の建物は2階建てです。※この建物が小川旅館であったかどうかは不明です。

元々、「末吉屋」という屋号で外宮の北御門前の辺りでうどん・すし・弁当を売っていましたが、明治30年(1897年)に山田駅が開業し、明治40年までには山田駅待合所内に出張店を出し、大正中期の頃までには山田駅の東隣りに店を構え(推測)、大正後期か昭和初期に3階楼の旅館へと立て替わりました。

2020年4月 撮影

その後の経緯は不明ですが、現在では小川旅館跡には小川ビルが建ち、2階には「魚民 伊勢市南口駅前店」さんが入居しております。

2020年6月28日 撮影
2020年6月28日 撮影

そして6月21日には1階に「串カツ田中 伊勢店」さんがオープンし、連日賑わっております。

出典:明治40年 参宮鉄道株式会社運輸係発行 参宮案内、昭和5年 敬神教育会発行 伊勢参宮

POSTED COMMENT

  1. めめこ より:

    こんにちは。小川旅館を調べていたらこちらのページに辿りつきました。
    ここは亡くなった祖母の実家であり、私は旅館自体は行ったことはありませんが、なんだか感慨深い思いで拝見させていただきました。家族もページを見せると喜んでおりました。
    作成していただきありがとうございます。

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