町並みの今昔 二見浦編

二見浦 朝日館 角屋 海水浴旅館 別館清風荘

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大正7年(1918年)以前に朝日館から発行された5枚組絵はがきのうち「伊勢二見浦海水浴旅館角屋事朝日館庭前ヨリ夫婦岩を望ム」の画像です。

二見浦は古来より清渚と尊ばれ、お伊勢参りの前に二見浦の海水で身を清めて禊ぎをする「浜参宮」という習わしがあり、現在でも二見興玉神社を参拝してから神宮へ向かう人々が多くいます。

今回はこの二見浦で創業300年以上になる老舗のお宿、「朝日館」さんをご紹介します。

JR参宮線二見浦(ふたみのうら)駅から夫婦岩表参道を400m余り進んだ突き当たりにあります。

大正7年以前に発行された5枚組とは別の絵はがき「伊勢二見浦海水浴旅館角屋事朝日館西方ヨリ望ム」の画像です。

上の現在の画像とほぼ同じ角度になります。画像左側の格子のある塀は現在でも残っています。

5枚組の絵はがきのうち「伊勢二見浦海水浴旅館角屋事朝日館西方ヨリ望ム」の画像です。

5枚組の絵はがきのうち「伊勢二見浦海水浴旅館角屋事朝日館東方ヨリ望ム」の画像です。

この頃の絵はがきには、まだ「別館 清風荘」はありません。

昭和27年(1952年)から昭和32年(1957年)の間に朝日館から発行されたパンフレットに掲載されている「玄関」の画像です。玄関は大正前期のままですが、東側の別館は建て替えられています。

パンフレットには「もと角屋と称し創業以来実に弐百余年、その間文人墨客知名の士の御来泊は枚挙に遑なく、幕末頃には諸国の大小名が参勤交代の途上伊勢神宮に参拝せらるる都度弊館は常に本陣(大名の御常宿)を勉めてまゐりました。その後明治、大正、昭和の三代を通じ御陰様で家業も逐年発展致しまして造築に改築を重ね、今日では一大旅館としての名声を博しつつあることは偏に御客様各位の絶大な御愛顧御引立の賜ものと常々感謝をしておる次第でございます」とあります。

現在の東側の別館の画像です。間近で見るとかなり大きな建物です。

東側から撮影した現在の画像です。東側の白壁のある部分の塀は大正前期当時の面影がありますね。

同じパンフレットに掲載されている「別館 清風荘 全景」の画像です。

パンフレットには昭和19年(1944年)3月に朝香宮鳩彦王殿下、昭和24年(1949年)4月に義宮様、昭和25年4月には孝宮様、順宮様、清宮様、昭和26年11月には天皇陛下がお泊まりになられたと記載されています。

別館清風荘の現在の画像です。清風荘は西側にあります。この清風荘に昭和天皇もお泊まりになられた貴賓室「雲井の間」があり、現在でも宿泊できます。

昭和33年(1958年)から昭和35年に朝日館から発行されたパンフレットの表紙の画像です。本館が現在の鉄筋コンクリート造りになっています。

このパンフレットには昭和33年9月に三笠宮様がお泊まりになられたと記載されています。

最後は朝日館さんの裏側辺りから撮影した伊勢湾の画像です。綺麗な景色ですね。

出典:朝日館ホームページ

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