町並みの今昔 鉄道・道路編

二見浦ロープウェイ跡① 二見浦旅客索道 音無山遊園地

上の画像は昭和初期に発行された「伊勢全集」にある「二見浦名勝・二見海岸通りから音無山に架けられたロープウェー」の画像になります。二見ロープウェイは正式名称を「二見浦旅客索道(ふたみのうらりょきゃくさくどう)」と言い、昭和7年(1932年)7月に二見浦駅(ふたみのうらえき)と音無山駅(おとなしやまえき)間を開業しました。昭和16年(1941年)に太平洋戦争が開戦し二見浦ロープウェイは不要不急路線に指定され、翌昭和17年に資材供出のため廃止されてしまいました。開業からたった10年で廃止された幻のロープウェイでありました。

昭和16年 日本統制地図株式会社発行の「伊勢参宮案内地図」にある二見付近を拡大した画像になります。しっかりと二見浦旅客索道と書かれております。

海岸通りの「二見浦駅」は現在の海鮮割烹の宿・海洋楼(かいようろう)さんの辺りにあったそうですが、正確な場所はわかりません。

営業していた当時のチラシの画像になります。チラシにある乗車運賃は大人往復20銭、小人往復10銭だと思われます。東邦電力時代(昭和12~昭和14年)の山田電車(路面電車)の山田駅(現在の伊勢市駅)から内宮前駅の往復の乗車運賃は36銭でありました。

チラシの山上部の拡大図になります。音無山山上は遊園地になっており、直営食堂、猿・野鳥などの小動物園がありました。

タイトルが「伊勢二見浦名所 音無山ロープウェー」の絵はがきの画像です。

タイトルが「二見名所・航空旅客運搬の一大機関 ロープウェイ」の絵はがきの画像です。ロープウェイのゴンドラの中からの撮影だと思われますので、現在ではドローンを使用しないとこの角度での撮影は無理ですね。二見海岸通り(現在の旅館街)が写っていますが、まだほとんどが瓦葺きの和風建築の建物です。

音無山公園入口から少し登ったところからの画像です。上の絵はがきと撮影位置、高さは全然違いますが方向だけ同じです。二見浦ロープウェイ跡②では音無山駅跡の現在の様子などをご紹介したいと思います。

引用元:昭和16年 日本統制地図株式会社発行 伊勢参宮案内地図、wikipedia

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