町並みの今昔 鉄道・道路編

二見浦ロープウェイ跡② 音無山公園 伊勢義盛 物見の松

二見浦ロープウェイ跡①からの続きになります。昭和7年(1932年)から10年間だけ運行された二見浦ロープウェイでありますが、現在でも音無山の山頂付近に「音無山駅」跡などの遺構は遺っており、ロープウェイ運行当時「音無山遊園地」だったところは現在「音無山公園」として整備されております。

国道42号線沿いにあるファミリーマートめおと岩店の反対側に音無山公園の無料駐車場があり、一般車27台と障がい者用駐車場が2台が駐車できます。駐車場の背後に見える山が音無山です。

公園内にある一番分かり易いと思われる案内看板の画像です。今回は東側のルートから鳥羽方面が一望できる展望台を経て山頂付近の音無山駅跡を目指していきたいと思います。

駐車場から国道を夫婦岩方面に少し進むと遊歩道の入口があります。音無山は高さ119,8mで山頂まで15~20分ほどで到着します。ただ普段運動不足がちな方は体に堪えると思います。私も堪えました(^^;)。山上には飲み物の自動販売機はありませんので、飲み物を持参することををお薦めします。

入口から250mほどの地点です。ここよりルートが2つに別れますので、トイレの前を通り真っ直ぐに進みます。ここより上にはトイレがありません。

トイレを過ぎると、すぐに吊り橋があります。

つづら折りになった遊歩道を登っていくと(結構きついです)、展望台の手前に案内看板があります。

案内看板の近くに東屋があり、そこから鳥羽方面を一望できます。木々が繁って少し景色を邪魔してしまっているのが残念です。

大正2年(1913年)二見浦保勝会発行の「二見名勝誌」にある「江山(音無山)の頂上伊勢三郎義盛物見松旧跡」の画像です。この展望台の辺りには老古松があり「物見の松」と呼ばれていたそうです。また別名を「国見の松」、「大夫松」、「義盛鎧掛松」とも称したそうです。伊勢義盛(いせ さぶろう)は平安時代末期の武士で源義経・四天王のひとりであります。義盛は伊勢国出身とも言われており、通称を江三郎とも言ったそうですので二見出身なのかも知れませんね。江(え)とは二見にある地名です。

ロープウェイ跡①でもご紹介した、昭和16年 日本統制地図株式会社発行の「伊勢参宮案内地図」にある画像をさらに拡大した画像になります。松の木の絵とともに「物見松」と書かれています。

展望台から遊歩道を西に進みますと、コンクリート製の音無山駅跡の遺構が現れます。

所々、木は生えていますが結構きれいな形で遺っています。

駅跡の一番高い所から海側を撮影した画像です。この日は霞んでしまってました。駅跡から少し進むと音無山の頂上となり、東屋があります。

出典:大正2年 二見浦保勝会発行 二見名勝誌、昭和16年 日本統制地図株式会社発行 伊勢参宮案内地図、日本バリアフリー観光推進機構ホームページ、wikipedia

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