町並みの今昔 二見浦編

夫婦岩 立石③ 立石復旧工事竣成式 万代不易之碑 二見興玉神社

前回の夫婦岩 立石②からの続きになります。

大正11年(1922年)2月に二見興玉神社から発行された「立石復旧工事竣成記念写真帖」の55枚目「根圍工事完成の立石」の画像です。

台風の襲来により折れてしまった女岩(根尻岩)を吊り上げて基盤の岩と鉄筋で繫ぎ、その間には「万代不動(ばんだいふどう)」と刻まれた石柱を置いてコンクリートで固めました。そしてコンクリートで固めた周りに防波岩を築き、大正10年8月31日に完成しました。

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二見興玉神社駐車場の入口付近(海洋楼前辺り)にある「万代不易(ばんだいふえき)」の石碑の画像です。脇に説明看板があり、石碑に刻まれている立石復旧工事のことが書かれています。「万代不易」とは「永遠に変わらないこと」という意味で、夫婦岩が永遠に変わらないようにという願いが込められています。

説明看板の画像です。復旧工事費用は2万8000円でそのほとんどを崇敬者である東京の富豪・10代目、渡邊治右衛門(わたなべ じえもん)氏が奉献したものでありました。渡邊治右衛門は9代目から二十七銀行、東京湾汽船、あかぢ貯蓄銀行の事業を継ぎ、大正9年には二十七銀行を東京渡邊銀行に改称し、頭取となりました。

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大正10年(1921年)10月に二見興玉神社から発行された「立石復旧工事竣成式 奉仕記念写真帖」の表紙の画像です。復旧工事終了後の大正10年10月20日には「立石工事竣成式」が行われ、直後に二見興玉神社から記念写真帖が発行されています。写真帖には53枚の写真が掲載されており、その何枚かを紹介します。

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1枚目の「二見興玉神社境内(富士見橋以東の部) 立石工事竣成奉告祭之壱」の画像です。祭典用に桟橋が架設されています。現在の本殿の建物はありませんね。

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富士見橋の上から撮影した現在の画像です。

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13枚目の「松島館、いろは屋、吸霞園、麻野屋、大勢館ノ各旅館前ヲ通過之壱」の画像です。

現在の松島館(平成29年閉館)から大勢館辺りの画像です。大勢館はその後、伊勢屋となり現在ではキャッスルイン伊勢夫婦岩となっています。

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25枚目の「大注連縄祓清メ式ノ内」の画像です。式次第書によりますと大注連縄祓清め式をしている力士は前頭の若湊義正と太刀海浪右衛門で工事費用のほとんどを奉献した渡邊治右衛門氏の奉納でありました。

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35枚目の「行事用架設ノ桟橋ヲ渡リテ消防隊ハ行進ス立石崎ニ向ヒ行進之参」の画像です。消防隊は東京消防隊の有志で力士と同じく渡邊治右衛門氏の奉納でありました。

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36枚目の「桟橋ヲ通過ノ斎主以下大注連縄役人立石崎ニ向ヒ行進之四」の画像です。

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40枚目の「大注連縄牽延」の画像です。仮張りの大注連縄が解かれ斎主以下が修繕された女岩を検分した後、大注連縄が張られました。大注連縄張りを終えると万歳三唱をしたそうです。

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復旧工事から101年経った現在の夫婦岩の画像です。今後も万代不易でありますように・・・。

出典:大正10年 二見興玉神社発行 立石復旧工事竣成式奉仕記念写真帖、大正11年 二見興玉神社発行 立石復旧工事竣成記念写真帖、株式会社スガテック ホームページ、wikipedia

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