町並みの今昔 二見浦編

二見浦 臨海楼跡 海水浴旅館 元山本屋 別館 松乃井

前回、二見興玉神社の表参道入口付近に存在した旅館 山本屋を紹介しましたが、山本屋はその後、臨海楼へと変わります。

大正2年(1913年)に二見浦保勝会から発行された「二見名勝誌」に掲載されている二見浦旅館海水浴飲食店の画像です。大正2年の時点ではまだ山本屋です。

昭和10年(1935年)前後に発行されたと思われる絵はがきセット「旅館 海水浴 臨海楼」の畳紙(たとうがみ)の画像です。

絵はがきセットのうち「玄関」、「客室ヨリノ眺望」の画像です。複数の画像を1枚に収める手法は昭和10年前後に発行された絵はがきによくあるパターンだと思います。

絵はがきセットのうち「客室ノ一部」、「四層楼ヨリ眺望」の画像です。

絵はがきセットのうち「家上庭園」、「三階客室廊下」の画像です。家上(屋上)庭園には鹿の置物があったようですね。

絵はがきセットのうち「二見ノ浦海水」、「大廣間ノ一部」の画像です。

この絵はがきセットは本来は5枚組で、あと旅館全景などを写した1枚があったようですが残念ながら筆者所有のセットにはありません。

昭和23年(1948年)4月に宇治山田商工会議所から発行された「伊勢志摩商工大鑑」の旅館、料理、飲食の項に臨海楼があり経営者が山本氏になっていますので、山本屋から臨海楼に屋号は変わりましたが経営者は同じだったと思われます。

昭和37年から38年ころに発行されたパンフレット「二見ヶ浦 観光旅館 臨海楼」の表紙の画像です。立派な四層楼の建物で左側の山の斜面には別館「松乃井」があります。絵はがきセットの「四層楼ヨリ眺望」の画像からこの建物は昭和10年ころには既に建築されていたと思われます。

パンフレットに掲載されている「付近の名勝」、「伊勢志摩国立公園案内略図」、「臨海楼へのご案内」の画像です。臨海楼へのご案内の地図に「バス二見駅」とありますので昭和36年(1961年)1月の三重交通神都線の廃止以降の地図になり、朝熊山に昭和39年(1964年)10月に開通した伊勢志摩スカイラインが描かれていないので、このパンフレットは昭和37年から38年発行という推測になります。

パンフレットにあるご案内などの画像です。

パンフレットにある大広間、ロビー、浴室などと平面図の画像です。

アイキャッチ画像と同じ角度で撮影した現在の画像です。

二見町旅館組合の方にお話を伺ったところ臨海楼は昭和57か58年(1982、3年)ころに廃業したそうです。その後、山崎屋を経て現在は夫婦岩ニューパークさんになっております。二見町旅館組合の方にはいつもお世話になり厚く御礼申し上げます。

出典:昭和23年 宇治山田商工会議所発行 伊勢志摩商工大鑑 159p、wikipedia

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