町並みの今昔 鉄道・道路編

山田停車場 山田駅(現在の伊勢市駅)② 昭和天皇御親謁 菊花奉祝門 省線山田驛

山田停車場 山田駅(現在の伊勢市駅)①の続きになります。今回は大正中期からの画像をご紹介していきます。

大正11年(1922年)1月3日のスタンプ印のある「伊勢山田停車場前」の絵はがきの画像です。この画像から駅舎は洋風建築に立て替えらております。

昭和3年(1928年)11月20日の昭和天皇が伊勢神宮において御親謁の儀(ごしんえつのぎ)をされた前後に撮影されたと思われる「山田驛前」の絵はがきの画像です。参道入口には立派な菊花奉祝門が設置されており、門の奥に見えるのが山田駅の駅舎になります。参道の左側には手前から宇仁館別館・藤屋松島館、宇仁館、右側は手前から中村屋旅館、野島物産店、高千穂館油屋支店の順に並んでいます。

「山田驛前」の画像と同じ角度で撮影した現在の画像です。戦前の駅舎の入口は右側にありますが、現在は参道を真っ直ぐ進んだやや左に伊勢市駅の入口があり15mほど西に移動しています。

「(伊勢名所) 省線山田驛」の絵はがきの画像です。省線とは省営鉄道のことで後の日本国有鉄道(国鉄)、JRグループの前身となります。日本の鉄道の所管官庁は明治4年(1871年)8月に発足した工部省鉄道寮が最初となり、明治26年(1893年)には逓信省鉄道局になりました。明治39年(1906年)の鉄道国有法成立を経て、統合・再編を繰り返し大正9年(1920年)に鉄道省へ昇格しました。大正9年以降、昭和18年(1943年)11月に運輸通信省に改組されました。

この「(伊勢名所) 省線山田驛」の絵はがきは「(伊勢名所) 参宮急行電車宇治山田驛」とセットになっておりますので、昭和6年(1931年)以降の発行となります。

同じ時期に撮影されたと思われる「伊勢名所 山田驛前」の絵はがきの画像です。画像右奥にある建物が「小川旅館」になり、現在の「魚民 伊勢市南口駅前店」さんのある小川ビルになります。

「伊勢名所 山田驛前」の絵はがきと同じ角度で撮影した現在の画像です。

昭和10年(1935年)に発行された「神都」にある「山田驛前案内所」の画像です。歴史館という看板の後ろが世木神社になりますので案内所は現在の歩道上辺りになりますでしょうか?中央の建物が油屋支店、右側の建物が宇仁館になります。

「山田驛前案内所」と同じ角度で撮影した現在の画像です。案内所の場所は岩戸屋の看板横辺りだと思われます。※戦後、駅前広場は拡張されております。

昭和14年(1939年)に発行された「神都」にある「山田驛、山田驛前案内所」の画像です。この頃になりますと自動車が現代風に近づいてきています。

この洋風建築の駅舎は昭和20年7月29日の宇治山田空襲で駅前の旅館群とともに焼失してしまいました。

引用元:昭和11年 参宮協会発行 神都、昭和14年 井村安雄発行 神都、wikipedia

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