町並みの今昔 旅館編

外宮北御門前 神風館跡③ 角屋和惣治 龍大夫邸 宇仁舘太郎

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今回はかつて外宮北御門(きたみかど)付近に存在した旅館のうち、神風館③でもご紹介した角屋和惣治(かどや わそうぢ)を中心に新しい画像も交えてご紹介します。

明治22年(1889年)12月に岸本栄七から発行された「伊勢参宮 道中獨案内」の30ページの画像です。山田の旅宿業の項に外宮前 北村屋甚蔵(後の高千穂館)、外宮前 角屋和惣治(かどや わそうぢ、後の神風館)、外宮前 宇仁舘太郎(うにだちたろう、後の宇仁館)の記載があります。

明治20年代前半に発行されたと思われる「かどや和惣治」発行の刷り物「伊勢参宮御定宿角屋之図」の画像です。画像の左側に北御門の火除橋(ひよけばし)が描かれていてますので、この建物があった場所は特定できますね。

「伊勢参宮御定宿角屋之図」と同じ角度で撮影した北御門の画像です。白い柵の辺りから奥に角屋の建物があったと思われます。

神都名家集によりますと角屋和惣治は下中之郷町(現在の伊勢市宮町)で旅館業をはじめ、明治6年(1873年)に外宮北御門前の上舘町(かみたちちょう、後の宮後町)の人長館忠大夫邸を買収し、且つ同町の魚屋の建造物も併せて、新たに家屋も建築して移転してきました。

明治27年(1894年)から明治30年ころに発行された刷り物にある「伊勢外宮前神風館」の画像です。角屋は明治27年には隣地である有瀧屋(角屋の西側)を買収して、更に高壮なる家屋を新築して規模を拡大し「神風館(じんぷうかん)」と改称しました。画像を比較すると3倍くらいの規模に拡大したようですね。

「伊勢外宮前神風館」と同じ角度で撮影した現在の画像です。有瀧屋を買収し、現在の外宮第2駐車場の方まで規模を拡大しました。

明治30年(1897年)2月に古川小三郎・松邑孫吉から発行された「伊勢参宮案内」の17ページの画像です。宇治山田町(現在の伊勢市)の説明の中に舘町(たちちょう)の説明文があり、「上古(奈良時代以前)、禰宜・神官の齋館ありしより、かく名付けしなり。今は両側に数多の旅店を建て並べ、宇仁館は三階の西洋館にして、其他、角屋、北村屋、今橋屋等あり。外宮前は即ち、此所なり。」とあります。

内宮には現在でも館町の地名は残っていますが、かつては外宮でも北御門前辺りをそう呼んでいたのですね。

旧御師 宇仁舘太郎大夫でもご紹介した明治36年(1903年)に関西鉄道株式会社から発行された「関西参宮鉄道案内記」にある宇仁館の画像です。「伊勢参宮案内」にある説明文の3階の西洋館は左側の建物をさしているのでしょうか。

外宮第2駐車場の画像です。秋田耕司氏の宇仁館物語によりますと、移転前の宇仁館は角屋神風館の西側にあったとされるのでこの辺りにあったと思われます。

明治29年(1896年)11月に小柳津篤太郎から発行された「神都土産繁昌記」の16ページの画像です。名誉見立三幅対の高等旅館として「外宮前山田ホテル 宇仁館」・「外宮前神都ホテル 神風館」・「尾上参宮ホテル 松島館」が記載されています。この時点では高等旅館とされる2つのホテルが北御門前にあったのですね。

全盛を極めていた北御門前の旅館群でしたが、明治30年11月に参宮鉄道(現在のJR参宮線)が山田駅(現在の伊勢市駅)まで延伸したことにより状況が一変します。山田駅から外宮まで道路(現在の外宮参道)が整備され、参道沿いに旅館が立ち並びます。高等旅館とされる3旅館や北村屋も駅前に支店を出しました。

参宮者の流れが駅前に移り、北御門前は急激に廃れていったところ、明治33年(1900年)に外宮神苑地拡張の議題が起こり、神風館、宇仁館はじめ数戸が神苑内に編入されることとなります。移転は明治35年に完了しています。

明治40年以降に神風館から発行された絵はがき「伊勢山田市 神風館」の画像です。神風館は外宮神苑に編入されることになると大世古の旧御師・龍大夫邸を買収して、北御門前の神風館の建造物の全部を移築しました。神都名家集には「建造物の全部を挙げて是に移転し、輪喚の美(りんかんのび)を極め、善を盡して宏壮なる新築なれり」と記載されています。

上の画像は龍大夫邸跡に移築後の神風館の画像になりますが、北御門前にあったときと全く同じ建物になると思われます。

御師 龍大夫邸跡②でもご紹介した伊勢和紙館に展示されている「旧御師龍大夫邸の屋敷図」の画像です。

左下の凹の形が逆さまになった所が北御門前から移築した部分になります。

龍大夫邸跡(現在の大豊和紙工業さん)の北西側にある伊勢和紙ギャラリーの建物の画像です。屋敷図の場所とも一致していますので、移築した神風館の左側(北側)の建物に玄関を設置するなど改築をして、現在でも使用している可能性が高いと思われます。

出典:明治22 岸本栄七発行 伊勢参宮 道中獨案内、明治30年 古川小三郎・松邑孫吉発行 伊勢参宮案内、明治34年 三谷敏一 神都名家集、明治36年 関西鉄道株式会社発行 関西参宮鉄道案内記、平成30年 秋田耕司著・発行 宇仁館物語、wikipedia

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