町並みの今昔 旅館編

山田駅前(現在の伊勢市駅前)の変遷③ 昭和初期 遷宮奉祝門 宇仁館食堂

山田駅前(現在の伊勢市駅前)の変遷②の続きになります。上の画像は前回ご紹介しました、大正15年(1926年)7月に落成式をした県立商品陳列所が写っているものになります。この画像では左側2軒目の高千穂館がまだ2階建てであります。

●昭和3年(1928年)11月、昭和天皇御大典。

上の画像は山田停車場 山田駅(現在の伊勢市駅)②でもご紹介した昭和3年(1928年)11月20日の昭和天皇が伊勢神宮において御親謁の儀(ごしんえつのぎ)をされた前後に撮影されたと思われる「山田驛前」の絵はがきの画像です。この画像では高千穂館が4階建ての洋館に建て替わっております。

絵はがき「〔伊勢山田驛前〕 高千穂館」の画像です。建て替わった高千穂館をほぼ正面から撮影しています。

★大正15年8月から昭和3年10月の間に高千穂館が3階楼と4階建て洋館になる。

宇治山田市役所発行の「山田驛前・遠く外宮高倉山を望む」の絵はがきの画像です。冒頭の画像も同じタイトルですが高千穂館が3階楼と4階建て洋館に建て替わっています。大正時代までは左側で頭ひとつ出ていた3階楼の中村屋旅館が高千穂館と県立商品陳列所に挟まれる形になり、すっかり目立たなくなってしまいました。

絵はがき「御遷宮奉祝山田驛前 【奉祝花門】」の画像です。昭和4年に行われた式年遷宮のときには鳥居の形をした立派な奉祝門がたてられたのですね。

●昭和4年(1929年)10月、第58回式年遷宮。

昭和7年(1932年)1月10日のスタンプ印のある絵画研究会印刷の絵はがき「旅館、土産物店櫛比殷賑を極む山田驛前通り」の画像です。絵はがきタイトルにある櫛比(しっぴ)とは櫛の歯のように隙間なく並んでいることを云い、殷賑(いんしん)は活気があり賑やかなことを云います。

この画像の宇仁館は1階部分が壁の下半分がレンガ張りの食堂に改造されて、2階部分には駅側に宇・仁、参道側に堂・食の電飾された大きな立体文字看板が掲げられています。

昭和7年3月24日に伊勢朝報から発行された「伊勢参宮案内」にある宇仁館の広告のうち「宇仁館本店」の画像です。この看板の文字は左から宇・仁・館・食・堂と並んでいて、当時としては並びが逆になっております。

昭和5年12月に伊勢電気鉄道の大神宮前駅が開業、さらに昭和6年3月には参宮急行電鉄(近鉄の前身)の宇治山田駅が開業し移動時間が大幅に短縮されたため、日帰りでの参拝客が増えて食堂の需要が高まってきたのだと思われます。すでに高千穂館の1階には食堂があり、向かいの油屋支店もこの頃に1階部分が食堂に改造されたと思われます。

★昭和5年から昭和6年の間に宇仁館の1階が食堂に改造され、2階部分の参道側に食堂、駅側に宇仁館食堂の立体文字看板が掲げられる。

絵画研究会印刷で稲葉商店発行の絵はがき「伊勢山田神宮本通り 山田驛より外宮高倉山を望む」の画像です。スタンプ印のある絵はがきとほぼ同じ時期に撮影されたと思われます。

昭和9年(1934年)2月以降に宇仁館から発行された絵はがきセットのうちの「宇仁館本店」の画像です。参道側の食堂の文字がなくなり、駅側の宇仁館食堂の文字の並びが右側からに変化しています。

昭和10年ころに発行されたと思われる宇仁館発行の「神都」にある「宇仁館本店と宇仁館食堂」の画像です。画質は悪いのですが、「宇仁館本店」とほぼ同じになります。

★昭和9年2月から昭和10年ころ?に宇仁館の参道側の「食堂」の立体文字看板がなくなり、駅側の文字の並びが右からになる。

絵画印刷工芸社印刷の「伊勢全集」のうち「【伊勢名勝】大旅館や土産物店が軒を連ねる、省線山田驛前通り」の画像です。宇仁館食堂ができていて、参道側に食堂の立体文字看板がないので昭和9年から10年以降の撮影になりますね。この山田駅前の姿がしばらく続きましたが、昭和20年7月29日の空襲により焼失してしまいました。

あまり年代が絞れていないところもありますが、山田駅前の建物の変遷を以下にまとめてみました。山田駅前の古い絵はがきや画像に遭遇したときに撮影時期がある程度の年代が判るかと思います。

★明治44年6月から大正4年10月の間に中村屋旅館が3階楼になる。

★大正7年後半~大正8年ころ?に宇仁館が3階楼になる。

★大正15年7月、県立商品陳列所が落成。

★大正15年8月から昭和3年10月の間に高千穂館が3階楼と4階建て洋館になる。

★昭和5年から昭和6年の間に宇仁館の1階が食堂に改造され、2階部分の参道側に食堂、駅側に宇仁館食堂の立体文字看板が掲げられる。

★昭和9年2月から昭和10年ころ?に宇仁館の参道側の「食堂」の立体文字看板がなくなり、駅側の文字の並びが右からになる。

★昭和20年7月、戦災により焼失

そして現在の伊勢市駅前の画像です。

引用元:昭和7年3月24日 伊勢朝報発行 勢参宮案内、wikipedia

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