町並みの今昔 旅館編

山田駅前(現在の伊勢市駅前)の変遷② 大正時代 御大典 奉祝菊花門 宇仁館

前回、山田駅前(現在の伊勢市駅前)の変遷①で明治時代までの山田駅前をご紹介しましたが、今回は大正時代から昭和の戦前までをご紹介していきたいと思います。

●明治44年(1911年)5月 明治天皇皇后陛下御行啓

前回の記事と重複しますが、比較参考のために掲載しました。

●大正4年(1915年)11月、大正天皇御大典(ごたいてん)

大正4年11月10日のスタンプ印のある「御大典神都行幸 山田驛前奉祝菊花門」の絵はがきの画像です。この日に大正天皇の「即位の礼」が京都御所の紫宸殿で行われました。

「御大典神都行幸 山田驛前奉祝菊花門」を拡大した画像です。この画像で注目すべきところは左側4軒目の「中村屋旅館」が3階楼に建て替わっております。よって中村屋旅館が3階楼になっている画像の撮影日は確実に大正4年11月以降になります。

★明治44年6月から大正4年10月の間に中村屋旅館が3階楼になる。

大正7年3月以前の発行

「御大典神都行幸 山田驛前奉祝菊花門」絵はがきの宛名面の画像です。古い絵はがきの年代を推定する方法のひとつとして、通信欄の掛け線の位置で判断する方法があります。大正7年(1918年)3月までは通信欄の掛け線が下から3分の1のところにありました。大正7年4月以降は掛け線が真ん中になっています。

大正7年(1918年)8月14日のスタンプ印のある「山田停車場前通」の絵はがきの画像です。右側1軒目の「宇仁館支店」がまだ2階建てのままです。

大正7年4月以降の発行

「山田停車場前通」の絵はがきの宛名面の画像です。通信欄の掛け線が真ん中にありますので、この絵はがきは大正7年4月以降に印刷されたものになります。※撮影時期は不明です。

3階楼の宇仁館が写っている絵はがきで掛け線が3分の1のものを見いだせませんので、この時期以降に宇仁館は立て替えられたのだと思われます。

伊勢山田ホテル宇仁館発行の絵はがきの画像です。宇仁館支店は宇仁館支店と神風館(じんぷうかん)支店の敷地を合わせた場所に巨大な3階楼、駅前・宇仁館として生まれ変わりました。これ以降、山田駅前のシンボル的な建物として全国に知れ渡ったと思われます。

★大正7年後半~大正8年ころ?に宇仁館が3階楼になる。※検討の余地があります。

★大正15年7月、県立商品陳列所が落成。

宇治山田市発行の「山田駅前・遠く外宮高倉山を望む」の絵はがきの画像です。左側の奥の白くて高い建物が県立商品陳列所になりますので、この絵はがきは大正15年7月以降の撮影になります。この時点では左側2軒目の高千穂館はまだ2階建てであります。

山田駅前(現在の伊勢市駅前)の変遷③に続きます。

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