町並みの今昔 旅館編

旅館 神風館跡② 龍大夫 神都ホテル 山田停車場前 神風館支店

前回ご紹介した神風館跡①の続きになります。明治27年に規模を拡張して「神風館(じんぷうかん)」と改称した角屋でしたが、明治33年(1900年)に外宮神苑拡張が行われることが議題になりました。

明治時代前半に発行されたと思われる刷り物「御参宮道中記」にある宮川から二見の画像です。外宮の項に外宮前「かどや和惣治」の名があります。

明治36年(1903年)2月に関西鉄道株式会社から発行された「関西参宮鉄道案内記」にある外宮前・山田ホテル宇仁館の画像です。山田ホテル宇仁館は神風館の隣りに存在したのではないか?と云われていますので、左端に写る屋根の一部は神風館のものかも知れません。

外宮北御門前神苑の画像です。この辺りから画像奥にある駐車場にかけて神風館や山田ホテル宇仁館があったと思われます。

外宮神苑拡張のために神風館や宇仁館の他、数戸が立退きすることになり、それに応じましたが、時代背景として明治30年(1897年)11月に参宮鉄道(現在のJR参宮線)が山田駅(現在の伊勢市駅)まで開業したことにより、参宮客の流れが全く変わってしまったことにあると思われます。

山田駅が開業するまでは、伊勢街道、伊勢本街道が筋向橋で合流し、外宮北御門前(広小路、館町ともいったそうです)を通るのが参宮客の流れでしたが、山田駅開業後は現在と同じように駅から外宮参道を通り、表参道へという流れになりました。

立退きすることとなった神風館は大世古の旧御師・龍大夫邸を買収することとなり、建造物の全てを龍大夫邸に移築し、さらに新築もして宏壮な旅館になり客室は280室あったそうです。このときに龍大夫の看板も買い入れ、旧檀家も取り込んだものと思われます。

明治40年(1907年)5月に参宮鉄道株式会社運輸係から発行された「参宮案内」にある神風館の広告の画像です。神風館の紋章は★印だったようです。

明治43年元旦に龍大夫名で千葉県印旛郡安食町酒直の住民宛に出された年賀状の画像です。

年賀状を包んでいた紙の画像です。「伊勢山田外宮 神都ホテル」と「神風館 龍大夫 大世古町」の2種類のスタンプが押されています。いずれも真ん中に神風館の紋章である★印があります。

「神都ホテル」は「じんとホテル」と読むようです。

★印を囲むように龍の絵が描かれています。

山田駅前(現在の伊勢市駅前)の変遷①でもご紹介した、明治38年11月15日に連合艦隊の諸将が山田駅に到着したときの画像です。左側手前が神風館支店の建物になり、右隣りが宇仁館支店になります。

神風館支店があった現在の伊勢市駅前の参道テラス辺りの画像になります。

大世古町の龍大夫・神風館は大正6年に神都製紙に売却され、山田駅前の神風館支店は大正8年ころに宇仁館に吸収されました。その後、神風館の名前は宇仁館の支店名として使われ続けました。

出典:明治34年 三谷敏一 神都名家集、明治36年 関西鉄道株式会社発行 関西参宮鉄道案内記、明治38年 博文館発行 伊勢行幸写真帳 第38集、平成30年 秋田耕司著・発行 宇仁館物語

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