町並みの今昔 鉄道・道路編

御幸道路② 内宮前停留所 宇仁館別館・對泉閣

国道23号線・終点

明治43年(1910年)に開通した御幸道路(みゆきどうろ)は国家主義・軍国主義が強まった大正9年(1920年)には国道1号線となりました。昭和27年(1952年)に国道23号線となり、昭和50年(1975年)南勢バイパスの開通後は中村町の交差点から終点・内宮前までが国道23号線となっております。国道の終点が他の国道とつながっていないのは大変珍しいそうです。

発行年不明の絵はがき

明治36年(1903年)に宮川電気により本町(ほんまち)から二見(ふたみ)間を運行を開始しはじめ、翌明治37年に伊勢電気鉄道(大神宮前駅を開業した伊勢電気鉄道とは別会社)に社名変更、明治39年(1906年)に古市口(ふるいちぐち)から宇治(後の猿田彦神社前)間を開業し、大正3年(1914年)に宇治から内宮前間を開業しました。

現在はバスの停留所となっております。伊勢電気鉄道は数度の社名変更の後、昭和19年(1944年)に三重交通・神都線となり、昭和36年(1961年)1月に廃止されました。

発行年不明の絵はがき

上の画像は宇治橋公園(現在の公益財団法人修養団 伊勢青少年研修センター)方面から内宮前停留所を撮影した絵はがきです。右奥に見えるのが宇治橋です。

修養団に登る坂の途中からの撮影した現在の様子です。絵はがきとは撮影の角度が違うのはご了承ください(^^;)。

発行年不明の宇仁館(うにかん)発行の絵はがきの一部です。宇治橋の西詰にあった大橋館が大正4年(1915年)の宮域整備のために現在の修養団の場所に移転して名称を変更し、對泉閣(たいせんかく)となりました。昭和初期頃に宇仁館の傘下に入り、宇仁館別館と冠するようになりました。

現在も石垣や通路、コンクリート製の手すりの支柱は残されています。

引用元:昭和61年国書刊行会発行 ふるさとの思い出写真集 明治大正昭和 伊勢二見小俣、wikipedia

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