町並みの今昔 鉄道編

神都線 松尾駅跡② 松尾観音 龍神伝説 床龍神 撫で龍

前回、松尾駅跡①では松尾観音への道順、内宮方面を背にした松尾駅などをご紹介しましたが、今回は別の角度で撮影された松尾駅、松尾観音などをご紹介します。

昭和34年(1959年)に撮影された松尾駅の画像になります。画像奥が外宮方面になり、松尾橋はまだ木造のようです。

上の画像と同じ角度で撮影した現在の画像です。松尾橋が鉄骨造りになり、松尾観音へ上る道が階段ではなくなっています。現在の松尾橋は欄干に昭和50年(1975年)3月架設とあります。

現在は軌道線に変わり、路線バスが運行されていますので、バスが頻繁に通ります。

松尾観音の入口付近から松尾橋の上を撮影した画像です。松尾橋の先は御幸道路を経て古市に通じています。

大正11年(1922年)5月に駸々堂旅行案内部から発行された「伊勢参宮案内地図」の古市から松尾駅辺りにかけてを拡大した画像です。画像下方の赤いラインが軌道線です。

明治39年(1906年)の軌道線(市電)開業、明治43年(1910年)の御幸道路開通以前は松尾観音への参拝は参宮街道(古市街道)から岳道(たけみち)あるいは塩屋道(しおやみち)に入るルートがメインだったことでしょう。

「伊勢参宮案内地図」の古市付近をさらに拡大した画像です。現在の古市郵便局前から修道小学校前辺りまでの広い道路は昭和3年(1928年)に開通し、当時は徴古館道と呼んだそうです。

ここからは松尾観音寺をご紹介します。

上は松尾観音の本堂の画像になります。龍池山(りゅうちざん)松尾観音寺は約1300年前の和銅4年(712年)に行基が自ら十一面観音像を刻んで安置し創建したと伝われ、日本最古の厄除け観音と云われております。その後は伊勢国司・北畠(きたばたけ)氏や北畠氏一族の木造(こつくり)氏によって庇護を受けました。

応永10年(1403年)5月に本堂から出火したときに近くの二ツ池(ふたついけ)から雌雄の龍が現れ、大火から観音様を守ったとのいう龍神伝説が残ります。

こうした龍神伝説から、「災難除け」の御利益と、雌雄二匹の龍が観音様を護られたということから「縁結び」や「子授け」、「安産」に御利益があると言われるようになりました。

平成18年(2006年)に本堂の床板を新しくしたところ、それから1年ほど経ったころに龍の姿が現れました。本堂内の説明案内にはこの床に現れた龍のことを「床龍神(ゆかりゅうじん)」といい、堂内は写真撮影が禁止なのですが、この床龍神のみ撮影可能となっております。

伝説の龍神様がお姿を現したということで大切に祀られ、この龍神様を一目見て触れさせていただくことで「幸せが訪れる」ということで「撫で龍(なでりゅう)」と呼ばれ、新たなパワースポットとして人気があります。

境内の一番奥には鳥居が並び、その奥には龍池社があります。

龍池社の画像になります。ここに応永10年5月に火災から観音様を護ったといわれる龍神様が祀られております。

さらにその奥には観音堂があります。

松尾観音では毎年、3月の初午(はつうま)に初午大祭が催行され、厄年に関係無く毎年厄払いに観音参りをするという風習があります。ご祈祷を受けてこのときに授かったお札・お守りの代わりに身につけている物を一つ落としていくと一年の厄を落とすことができるということで、ハンカチを落としていく(箱に入れていく)風習があります。

厄をねじり切るという縁起物の「ねじりおこし」や災いを弾き去るという縁起物の「猿はじき」が売られ、たくさんの参拝を終えられた人々が買い求めていきます。

出典:松尾観音寺ホームページ、昭和51年 三重県郷土資料刊行会発行 野村可通著 伊勢の古市あれこれ、wikipedia

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