125社 宮川・滝原・斎宮めぐり

瀧原宮 瀧原竝宮① 内宮別宮 滝原めぐり 木つつ木館 紀勢東線

瀧原宮(たきはらのみや)と瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)は皇大神宮(内宮)の別宮になり、瀧原宮・瀧原並宮ともに天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)をお祭りしております。

瀧原宮・瀧原並宮は度会郡大紀町滝原(わたらいぐん たいきちょう たきはら)に御鎮座し、神宮125社の中で内宮から一番遠く、およそ40km離れています。

内宮から自動車ですと伊勢西ICから伊勢自動車道にのり、勢和多気JCから紀勢道に入り大宮大台ICで下りますと約40分くらいで到着します。

大宮大台ICからは約3kmで瀧原宮前の信号を左折すると駐車場があります。駐車場には道の駅「奥伊勢木つつ木館(おくいせ きつつきかん)」があり、非常に分かりやすくなっております。

木つつ木館には木工製品をはじめとして色々な土産物、山野草なども販売されております。

コンクリート製の鳥居をくぐり、600mほど歩きますと瀧原宮・瀧原並宮の入口があります。

瀧原宮・瀧原並宮の入口の画像になります。入口の手前にも駐車場はありますが、一般車8台分、思いやり駐車場2台分しかありません。

明治40年(1907年)5月に参宮鉄道株式会社運輸係から発行された「参宮案内」に掲載されている瀧原宮の入口付近の画像です。入口鳥居前の両脇に立派な常夜灯があり、衛士が立っています。113年前の画像になりますが、現在と雰囲気は同じですね。

画像に相可駅(おうかえき)とありますが、現在のJR多気駅(たきえき)のことで明治26年(1893年)に参宮鉄道の駅として開業しました。参宮案内の発行当時は紀勢東線(きせいとうせん)が未開通で相可駅が最寄駅でありました。

大正12年(1923年)3月に紀勢東線(現在のJR紀勢本線)が栃原駅(とちはらえき)まで開通し、同年9月に川添駅(かわぞええき)まで延伸、大正14年8月に三瀬谷駅(みせだにえき)まで延伸しました。そして大正15年(1926年)8月に滝原駅まで延伸しました。

大正2年(1913年)5月に岡田商店から発行された「両宮案内」に掲載されている「野後瀧原宮入口(のじりたきはらのみやいりぐち)」の画像です。「参宮案内」の画像とほぼ変わりなく、衛士もきちんと立っております。

野後(のじり)とは瀧原宮が御鎮座する場所の昔の地名であり、明治22年(1889年)までは野後村でありました。同年に三瀬川村、船木村、阿曽村と合併し滝原村となり、昭和15年(1940年)に町制施行し滝原町になりました。昭和31年(1956年)に七保村と合併、町内を流れる宮川の支流・大内山川(おおうちやまがわ)と宮川から一文字づつとると同時に「瀧原宮」を心の拠り所として「大宮町(おおみやちょう」と命名されました。最寄りの紀勢道のIC名に「大宮」の名が使われていますね。

その後の平成17年(2005年)に紀勢町、大内山村と合併して現在の大紀町となりました。

入口鳥居の手前右側にある瀧原宮の御由緒の説明看板の画像です。

入口鳥居の画像です。鳥居の奥には長い参道がみえます。

次回、瀧原宮・瀧原竝宮②につづきます。

出典:明治40年 参宮鉄道株式会社運輸係発行 参宮案内、大正2年 岡田商店発行 両宮案内、wikipedia

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