町並みの今昔 鉄道編

参宮鉄道 JR参宮線・宮川駅 宮川鉄橋 離宮院跡

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JR宮川駅 2020年1月27日撮影

参宮鉄道株式会社は伊勢神宮への参拝客の輸送を目的に明治23年(1890年)8月に設立され、明治26年(1893年)12月に津駅から宮川駅(伊勢市小俣町本町、おばたちょう ほんまち)間を開業しました。そして4年後の明治30年(1897年)11月に山田駅(現・伊勢市駅)まで延長し、全線開通となりました。この参宮鉄道開通により、宮川の渡し舟は役目を終えることとなりました。

日清・日露戦争を通じ軍事輸送が強化されていく中で、明治39年(1906年)3月に鉄道国有化法案が成立し、翌明治40年10月に国有鉄道となりました。明治42年(1909年)に亀山駅から山田駅が参宮線となり、昭和34年(1959年)に多気駅から鳥羽駅が参宮線となりました。国鉄になってから80年後の昭和62年(1987年)4月に分割民営化されました。

宮川駅の駅名標です。

宮川駅のホームから伊勢市駅方面を撮影した画像です。画像右側の木々は離宮院(りきゅういん)跡の一部です。

離宮院跡とは南北朝時代まで続いた斎王の御所・斎宮(さいくう)の離宮で康和4年(1102年)に焼失してしまいました。大正13年(1924年)に国の史跡に指定され、現在は離宮院公園として整備されております。

画像左側が宮川駅方面

明治40年(1907年)西井房吉発行の「伊勢名所写真帖」にある「宮川の景」の画像です。宮川駅から600mほどで宮川に差し掛かり、画像は山田駅を目指して鉄橋を渡る列車になります。

画像左側が宮川駅方面

大正13年5月10日のスタンプ印がある絵はがきの画像です。画像左側の欄干は宮川橋のものです。

宮川橋の上から撮影した現在の画像です。橋脚などの補強はされているものの120年前とあまり変わっていませんね。現在も中央付近の橋脚の補強工事を行っています。

画像右側が伊勢市駅方面

発行年不明の津駅方面を目指している列車を撮影した絵はがきの画像です。右奥にうっすらと見えるのが朝熊山(あさまやま)の一部です。

画像右側が伊勢市駅方面

上の絵はがきと同じ角度の現在の画像です。蒸気機関車に替わりディーゼルーカーの「快速みえ」が疾走しております。

出典:明治40年 西井房吉発行 伊勢名所写真帖、三重県ホームページ、wikipedia

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