町並みの今昔 鉄道・道路編

朝熊登山鉄道① ケーブルカー 合同電気 東邦電力 神都交通

朝熊山(あさまやま)は正式名称を「朝熊ヶ岳(あさまがたけ)」と言い、標高555mの北峰と約540 mの南峰(経ヶ峯)があります。朝熊山は古くから山岳信仰の対象となり、天長2年(825年)に空海が真言密教道場として南峯東腹に金剛證寺(こんごうしょうじ)を建立したと伝えられています。室町時代には神仏習合(しんぶつしゅうごう)から伊勢神宮の鬼門にあたる丑寅(北東)に位置する金剛證寺が伊勢信仰と結びつき、「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」というキャッチフレーズとともに入山者が増えました。

大正14年(1925年)8月、朝熊登山鉄道により鉄道線(楠部 ~平岩間)と鋼索線(こうさくせん:一般名詞としてケーブルカー、平岩~朝熊山間)が開業しました。昭和3年(1928年)に三重合同電気(みえごうどうでんき)が朝熊登山鉄道を合併し、その2年後には合同電気と社名変更しました。昭和12年(1937年)3月31日に東邦電力(とうほうでんりょく)に合併し、昭和14年(1939年)8月1日には国策によって電力事業と運輸事業を分離することになり、宇治山田市内の軌道線は新たに設立された神都交通(しんとこうつう)の経営となりました。

昭和5年(1930年)から昭和11年までの合同電気時代に発行された「伊勢参宮名所案内」というパンフレットの表紙です。

「伊勢参宮名所案内」に掲載されている鳥瞰図です。

同じく「伊勢参宮名所案内」に掲載されている乗車運賃表です。

昭和12年(1937年)4月から昭和14年7月までの間に発行された東邦電力時代のパンフレッットの表紙です。

東邦電力のパンフレットに掲載されている鳥瞰図です。朝熊岳が強調されすぎていて不思議な感じがしますね(゚ロ゚)。

朝熊山登山電車起点楠部口

朝熊登山鉄道は内宮前行き路面電車の楠部停留所で乗り換え、平岩停留所までは平坦路線でした。上の画像は昭和3年4月15日のスタンプ印が押されている楠部停留所を撮影した絵はがきです。

嘗ての楠部停留所は国道23号線の楠部交差点付近にあり、絵はがきにある駅舎は現在の道路上にあったと思われます。

第二次世界大戦中の昭和19年(1944年)に朝熊線は不要不急路線とされ、ケーブルカーの線路が軍に軍需物資として徴収されたため休止しました。開通時には東洋一とされたケーブルカーは、第二次世界大戦後に再開されることなく、昭和37年(1962年)に正式に廃線となりました。

次回②では廃線跡を辿っていきたいと思います。

引用元:昭和61年国書刊行会発行 ふるさとの思い出写真集 明治大正昭和 伊勢二見小俣、wikipedia

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