125社 二見・鳥羽・磯部めぐり

佐美長神社 伊雜宮所管社 佐美長御前神社 穂落伝承

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伊雑宮からおよそ800m南には伊雑宮の所管社である佐美長神社(さみながじんじゃ)が御鎮座します。所在地は志摩市磯部町恵利原(いそべちょう えりはら)1273になり、伊雑宮所管社5社のうち第1位になります。

伊雑宮から国道167号線にでて南に進み、伊勢道路入口を直進し県道61号線を進みます。県道61号線に入って300mほど進みますと消防磯部分署前の信号交差点があり、北西の角が佐美長神社になります。画像の奥が伊雑宮方面です。

佐美長神社に駐車場はありません。すぐ近くの旧磯部町役場の駐車場が利用できます。

佐美長神社の入口の画像です。

昭和4年(1929年)に志摩国史研究会から発行された上野梅吉著「志摩巡り」に掲載されている「磯部村佐美長神社」の画像です。90年以上前の入口の画像になりますが、現在と雰囲気はそれほど変わっていない感じですね。

鳥居を潜ると36段の石段があります。佐美長神社は標高10mほどの丘の上に御鎮座しております。

石段を登り切りますと社地が開けます。画像の左の建物が佐美長神社の社殿になり、右奥に見える小さい4つのお社は佐美長御前神社(さみながみまえじんじゃ)になります。

佐美長神社の社殿の画像です。御祭神は五穀豊穣の神、大歳神(おおとしのかみ)とされます。明治4年に佐美長神社に改められるまでは「大歳宮(おおとしのみや)」、「穂落宮(ほおとしのみや)」などの社名が用いられていたそうです。

穂落伝承という佐美長神社の創建にまつわる伝承があります。皇大神宮御鎮座の翌年に倭姫命(やまとひめのみこと)が志摩国を巡幸中にしきりに鳴いている真名鶴(まなづる)に遭遇し、様子を見に行かせると稲が豊かに実る田を発見し、もう一羽の真名鶴は稲をくわえながら鳴いていました。倭姫命は「物言わぬ鳥すら田を作り、皇大神に奉るものを」と感激され、その稲を抜穂(ぬいぼ)にして、皇大神に懸け奉りました。

倭姫命は稲の生えていた場所を「千田(ちだ)」と名付け、そこに天照大神の摂宮を造られました。これが現在の伊雑宮であり、稲をくわえていた真名鶴を大歳神と称えてお祀りされたのが現在の佐美長神社になります。

佐美長神社御前神社の画像です。4つのお社からなり、伊雑宮所管社5社のうち第2位から第5位になります。御祭神は佐美長御前神(さみながみまえのかみ)とされます。

出典:伊勢志摩きらり千選 佐美長神社と鶴の穂落とし、昭和4年 志摩国史研究会発行 上野梅吉著 志摩巡り、wikipedia

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