125社 二見・鳥羽・磯部めぐり

伊雑宮② 磯部の御神田 中六 吉角 伊佐波登美命

伊雑宮①からの続きになります。

伊雑宮の本殿の画像になります。伊勢神宮の内宮を建立した倭姫命(やまとひめのみこと)が神宮への神饌(しんせん)を奉納する御贄地(みにえどころ)を探して志摩国を訪れた際、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が奉迎して当地を御贄地に選定して伊雑宮を創建したとされます。

伊雑宮の御田植式(おたうえしき)は「磯部の御神田(おみた)」の名で国の重要無形文化財に指定され、日本三大田植祭のひとつとされています。

磯部の御神田の看板を拡大した画像です。

昭和4年(1929年)に志摩国史研究会から発行された上野梅吉著「志摩巡り」に掲載されている「磯部村御田植と竹取の光景」の画像です。

「磯部の御神田」は毎年6月24日に花菅笠を被った早乙女や、女装した姿で田船に乗って太鼓を演奏する少年、素襖烏帽子(すおうえぼし)の囃子方など色鮮やかな装束を着けた地元の人々によって華やかに行われます。

志摩巡りに掲載されている「磯部村伊雜宮前通り」の画像です。右側の社叢が伊雑宮になります。90年余り前の画像ですが、現在と雰囲気は変わらないような感じですね。

現在の通りの画像です。通りの左側にある木造の大きな建物が鰻料理店の「中六(なかろく)」さんになります。

別角度からの中六さんの画像です。昭和4年に旅館として建築された店舗は登録有形文化財に指定されています。「磯部村伊雜宮前通り」に写っている中六の建物は建て替えられる以前のものになりますね。

明治44年(1911年)発行の久保村憲介発行、曾我部一紅(市太)著の「鳥羽誌」に掲載されている「旅館 中六」の広告の画像です。

広告下段の旅館吉角は中六の南隣りにあった旅館で跡地には昭和36年(1961年)に建てられた神武参剣道場(じんむさんけんどうじょう)があります。昭和34年(1951年)9月に来襲した伊勢湾台風のときに倒れた木を材料として用いられているそうです。

出典:三重県教育委員会ホームページ、神宮司庁 伊雜宮、明治44年 久保村憲介発行曾我部一紅(市太)著 鳥羽誌、昭和4年 志摩国史研究会発行 上野梅吉著 志摩巡り、wikipedia

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