内宮 摂社・末社

津布良神社 皇大神宮(内宮)末社

今日は度会郡玉城町玉城町積良(わたらいぐん たまきちょう つむろ)にある津布良神社(つぶらじんじゃ)をご紹介します。内宮末社16社のうち第2位であります。御鎮座地の「積良」とは墳墓を意味し、荒木田氏の墳墓が山麓にあるそうです。

伊勢市駅からですと、県道37号線を松阪市方面に進み、掛橋の交差点を左折し県道13号線を進みます。玉城町に入り、サニーロードとの交差点・勝田西を左折し、ファミリーマートのある交差点を右折し道なりに進みます。幸神社(さいのかみ)の少し手前に積良の集落へ入る路地がありますので左折します。

300mほど進み、左側にある民家の槙の木の生け垣を過ぎ、左折すると・・・・。

左側にガードレールとその先にこんもりとした津布良神社の社叢が見えます。

途中に注連縄の巻かれた標石があります。非常に読み取り辛いのですが、「津室神社」と刻まれているようです。昔は当て字がよく使われていたらしく、津室(つむろ)=積良(つむろ)=津布良だったのかも知れません。

石標の前を道なりに右折すると、車2台分の駐車スペースがあります。その先には鉄の手すりがある参道があります。

土の参道をしばらく進むと・・・。

定の立て札がある入口があります。

入口左側には「漱水」と刻まれた手水舎があります。漱ぐと書いて「くちすすぐ」と読むのですね。「坊ちゃん」や「我が輩は猫である」で有名な夏目漱石がいますが、「漱石」というペンネームがどこからきたのかと調べましたところ、中国の故事に「枕石漱流(ちんせきそうりゅう)」という言葉があるそうです。「流れに漱(くちすす)ぎ石に枕す」と読み、「俗世間から離れて、川の流れで口をすすいで石を枕として眠るような隠居生活を送りたい」という意味だそうです。

中国が晋の時代の孫楚(そんそ)という人物が王済(おうさい)という人物に「隠居生活をしたい」という気持ちを伝えるために、この故事を使って話をしました。しかし順番を間違えて「漱石枕流」と言ってしまい、王済に間違いを指摘されたのですが、間違いを認めずに「石で漱ぐのは、俗世で汚れた歯を磨くため。川の流れを枕にするのは俗世で汚れた耳を水の中を洗うため」とこじつけて言い逃れを言ったそうです。

このために「漱石枕流」には、「負け惜しみ」・「失敗を認めない頑固者」という意味があり、自分のことを変わり者・頑固者だと思っていた漱石は、これをペンネームにしたそうです。

石段を上ると、

社殿があります。御祭神は津布良比古命(つぶらひこのみこと)と津布良比賣命(つぶらひめのみこと)であり、両神とも大水上命(おおみなかみのみこと)の子で、田野の水の神とされます。

引用元:wikipedia、manapedia

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