御師

御師 三日市大夫次郎 ①

江戸時代に神宮と日本全国の庶民を結ぶ架け橋となった御師(おんし)の中でも最大規模を誇った三日市大夫次郎(みっかいちだゆうじろう)をご紹介します。現在の伊勢税務署と伊勢市役所西側の駐車場から御幸道路を挟んで法務局の辺りにまで敷地があり、その面積は1800坪もあり一日に100人近くの人々を宿泊させることができたそうです。

伊勢税務署です。

御幸道路を道路を挟み、反対側にある法務局です。明治40年(1907年)の御幸道路の開通に伴い南北に分断されたそうです。

御幸道路と反対側の裏通りに面した、税務署敷地内にある石標です。ひっそりと立っておりますので、少し分かりにくいです。

石標と同じく裏通りに面して、市役所建物(写真左側)と税務署建物(写真右側)との間に当時のものと思われる土塀が残されております。

近くから撮影。

土塀の左側にある説明看板です。非常に分かり易い説明文です。

明治45年(1912年7月30日まで)改正 「御師講社(おんしこうしゃ)」 三日市大夫次郎がありますのでご紹介します。明治4年に御師職が廃絶された以降も旅館業をしていたと思われ、旧東海道沿いの旅館と提携し、神宮参拝客を受け入れていたと思われます。

表紙に青い印のある東京・上野の「福仙旅館」から始まり、奈良・大阪・京都までの旅館が記載されております。「御師講社」につきましては、詳しく調べられましたら、またご紹介したいと思います。

御幸道路の開通により南北に分断された後、北側(税務署側)は三日市旅館、南側(法務局側)は大橋館として営業されていたみたいですので、次回②でご紹介する予定です。

引用元:伊勢市立伊勢古市参宮街道資料館ホームページ、昭和61年8月、国書刊行会発行「ふるさとの思い出 写真集 明治大正昭和 伊勢二見小俣」

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