旧熊野街道

熊野街道(熊野古道・伊勢路)③ 女鬼峠 柳原観音 元坂酒造 眼鏡橋(神瀬橋)

熊野街道で田丸から多岐原神社を目指す、熊野街道(熊野古道・伊勢路)②の続きになります。前回、成川側の女鬼峠の入口までご紹介しましたが、今回は女鬼峠の多気町相鹿瀬(たきちょう おうかせ)側からご紹介します。

旧街道と県道が交差するところにある説明看板の画像です。説明看板からウォーキングコースになっており、駐車場は相鹿瀬集会場になります。

昭和9年(1934年)に女鬼隧道(トンネル)が開通し、旧街道部分はその役目を終えました。平成8年(1996年)には新女鬼トンネルが開通し、さらに交通の便は良くなりました。

相鹿瀬集落内の旧街道を進むと宮川と合流します。伊勢神宮を出発し「柳の渡し」で宮川を渡って以来のご対面です。

相鹿瀬を過ぎると大台町千代(おおだいちょう せんだい)に入り、千代を過ぎると柳原(やなぎはら)に入ります。柳原には柳原観音千福寺(やなぎはらかんのん せんぷくじ)があり、地元では「やないばら観音」と呼ばれ、安産や縁結びにご利益があり多くの人が訪れます。

柳原観音の本堂の画像です。ご本尊は手引き十一面観世音菩薩になります。

柳原観音の本堂裏にある庭園から眺めた宮川の画像です。見渡す限り、人工建造物はありません。

柳原には「酒屋八兵衛(さかや はちべい)」で有名な元坂酒造(げんさかしゅぞう)さんがあり、歴史を感じさせる立派な母屋、酒蔵が現在も使用されております。文化2年(1805年)の創業で、酒屋八兵衛の銘は創業者の元坂八兵衛氏を冠しているそうです。

酒蔵を裏側から撮影した画像です。

柳原を過ぎると新田(しんでん)に入り、風情のある製茶屋さんの建物が並んでいます。

国道42号線を横切り、栃原(とちはら)に入り、しばらく進みますと「馬鹿曲り(ばかまがり)」と呼ばれた谷間伝いに大曲がりを余儀なくされた難所の入口に案内看板が立っております。

神瀬(かみぜ)に入り、しばらくすると「熊野古道と眼鏡橋(めがねはし)」の案内看板があります。案内看板のところから猿木坂と呼ばれた古道と分岐しております。

そのまま車道を進み眼鏡橋(神瀬橋)を渡り、少し進んだ左側に猿木坂から続く古道があり、そこにも眼鏡橋の説明看板が立っております。

説明看板の辺りから撮影した眼鏡橋の画像です。眼鏡橋は明治40年(1907年)に建設され、名前の通り当初はレンガ造りの2連アーチでしたが、大正12年(1923年)に紀勢東線(現在のJR紀勢本線)が川添駅(かわぞええき)まで延伸された際、線路敷設のためにアーチのひとつは埋没してしまったそうです。

下楠(しもくす)には「旅館 阿波屋」の建物が遺されています。かつて向かい側には「いろは屋」・「小松屋」などの旅館も軒を並べていたそうです。鉄道開通など、交通の発達により下楠の旅館は廃れていったのでしょう。

熊野街道(熊野古道・伊勢路)④に続きます。

引用元:元坂酒造ホームページ、wikipedia

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