町並みの今昔 鉄道・道路編

鳥羽停車場 現在のJR鳥羽駅 参宮線 志摩電鉄

鳥羽停車場は参宮線の山田-鳥羽間の延伸により終着駅として明治44年(1911年)7月21日に開業しました。駅建設のために水深1,8mの海域を1万5千坪を埋め立てたそうです。

大正初期に鈴木東京堂から発行された絵はがき「鳥羽港停車場及び橡期の景勝」の画像です。駅前の広場には国旗などが飾り付けられており、もしかすると開業直後の撮影かも知れません。

タイトル中の「椽(たるき)」の漢字は「縁」の間違いで「縁期(えご)」とは「縁期の松」のこといい、画像中央の小島に生えている松がそれになります。

現在のJR鳥羽駅の2番線と引き込み線(一番手前の線路)の画像です。鳥羽停車場開業までこの辺りがほとんど海だったことには驚きです。全く想像できないですね。

大正後期ころに発行された絵はがき「志州鳥羽停車場」の画像です。画像右奥の小高い山は日和山の広楽園辺りになり、昭和9年(1934年)から昭和49年(1974年)までは日和山エレベーターが営業しておりました。

画像右下には蒸気機関車用の回転台が写っています。開業後の海岸線は線路の本数などから現在の近鉄鳥羽駅のホームとホームの中間あたりでしょうか?回転台の真上あたりが近鉄線の線路になると思われます。

回転台があったと思われる辺りの現在の画像です。日和山の中腹にある鉄塔は大正時代と同じ位置にあると思われます。

日和山エレベーター跡でもご紹介した昭和10年頃に発行されたと思われる伊勢全集のうち「【鳥羽浦名勝】地方色豊かな港、省線鳥羽駅と日和山エレベーター」の画像です。

大正初期に比べますと駅舎の向きが変わり、画像右手前には志摩電鉄のホームができています。大正15年(1926年)4月10日に駅改築工事の竣工式が行われ、昭和4年(1929年)7月には志摩電気鉄道(現在の近鉄志摩線)の鳥羽駅-真珠港駅(賢島駅の300m先、貨物駅)間が開業しました。

このとき、現在の近鉄線の下りホーム、近鉄鳥羽駅舎及びロータリー、国道42号線、佐田浜西公園まで、まだ海の上でありました。

昭和10年代に発行された参宮記念 伊勢二見鳥羽カードのうち「鳥羽驛構内」の画像です。回転台の近くに給水塔があります。

昭和19年(1944年)に会社合併により志摩電気鉄道(狭軌、1067mm)は三重交通の一路線になり、昭和39年(1964年)に三重電気鉄道に継承され、昭和40年に近畿日本鉄道が三重電気鉄道を合併し、近鉄志摩線となりました。

昭和45年(1970年)3月1日に近鉄鳥羽線の五十鈴川駅-鳥羽駅間が開業し、それに合わせて志摩線が標準軌(1435mm)化され、賢島駅まで直通運転が可能になりました。そのときに現在の位置に近鉄鳥羽駅が移転しました。

昭和49年(1974年)1月6日に国鉄鳥羽駅舎が火事により焼失、翌年10月に新駅舎が完成しました。

平成11年(1999年)に近鉄鳥羽駅の新駅舎が竣工し、現在の鳥羽駅の姿になりました。

引用元:wikipedia

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